多様性の澱

元理系女子の嗜好の偏りの記録

元理系女子がはてなブログを記そうと思った経緯

学生時代から10年来のはてなユーザーだった。

これまで、はてなのアカウントは作らず、ただただ、人力検索はてなブックマークのホットエントリを見るばかりの、「はてなを消費するユーザー」だったが、このたび一念発起してアカウントを登録し、ブクマを使い、ブログを書き始める、「はてなで文字を生産するユーザ」になろうと思う。

理由は主に3つ。

 

1. いわゆる理系女子の生きづらさの公開

今思えば学生時代は、自分を曲げる必要が一切ない、心地良い時間だった。大学時代、自分のまわりにはいわゆる「初期のはてなユーザーのマジョリティ」っぽい、理科系男子ばかりが存在した。大学院に進むとさらにその傾向は強まり、また同じ学部/学科で女性は私を含めて2人しかおらず、だんだんと"女性っぽい"活動が減ってきた。その一方、自分がそのままの自分である状態が、同期の男性陣からは(サンプル数の少なさから)一種の女性の典型例と認識される。自分が自分でいることを否定しなくて良い日々だった。

社会人になり、様々な新しい人種との邂逅をし、会社でのコミュニケーションを経ていくうちに、大きな違和感を感じるようになった。社会の多くの男性陣のイメージする「女子(女性)」の像が、いわゆる理科系に分類される女性たちのメンタリティと大いに乖離していることに気づいた。社会の多くの男性陣からの潜在的な"女性性"を求められる同調圧力のようなものを感じ、社会に出て初めて、大学時代には無かった生きづらさを多分に感じ始めた。

このような、社会に出てゆるやかなストレスを受けている(元)理系女子が、他にもいるのではないか。もしいるのであれば、それを記し、公開することが、もしかすると、後へ続き社会に出てゆく理系女子たちへの助けになることも、あるかもしれない。

自分がこれまで経験してきた、理科系女子としての生き辛さ、そして時には解決することができたこと、または解決を試みたが失敗したその過程を共有していくこと。これらのインターネット上への文章の蓄積が、いずれは社会全体の前進へつながることを期待して、ブログを始めようと考えた。

2. 人生という実証実験の過程の公開

これは個人の嗜好の偏りの問題であり理系女子だからという甘えを言うわけではないが、若かりし頃から理科系への興味はあれど、社会への興味が薄かった。そして高校生の頃、理科系の大学や職業に進めば一生、社会科学的なこと、政治や経済を理解しなくて良いのではないか、と、まったくもって大いなる勘違いをしていた。

しかし自立した人生を送るには、たとえば投資であったりの経済的な観念、ライフプランの設計、社会をより良くしたい要望を叶えるための手段である政治などの理解の仕方、など、いわゆる文科系・社会科学的な教養が必須である。

そこで、自分の人生において、そのような社会的な事象への理解の仕方、捉え方に基づく行動のTry & Errorを繰り返す過程を記録しようと思った。これによって数年後、自分が過去何を考えてどう行動したのかを振り返り、その結果をレビューすることができる。

またこれまでの人生で、「情報は公開している人の元に集まる」という言葉は確からしいという実感がある。このような、自分の社会との関わりの中での試行の過程を公開することで、もしかしたら有益な情報や新しい視点が得られる可能性が高まるかもしれない。

従って、結論が見えない中でのプロセスの記録、いわゆる人生という実証実験の過程を、公開することは、数年後の自分へメリットがある、と期待している。

3. まとまった文章を書くリハビリに

おおいに余暇があった学生時代、文章を書き、記すことが当たり前の毎日だった。

その頃自分は他のダイアリーサービスを利用しており、今読んだら切腹したくなるような記事を垂れ流していた。またRSSリーダで様々なホームページ、後にはブログを読みふける毎日だった。ちなみにはてなに対しては、人力検索はてブを毎日のように読んで吐いたが、Read ONLYの立場だったため、アカウントは持っていなかった。

時は流れ、私は社会人になり、ダイアリーサービスをホスティングしていたサーバを失い、RSSリーダを使わなくなり、Twitterというサービスが始まり、いつの間にか、140字という短文で心情を吐露するのみの生産活動となっていた。

Twitterのような字数制限内に収めるプラットフォームは、伝えたいことの要点を抽出するという訓練にはなるが、一方でまとまった文章を書く記述力はどんどんと衰える。

また仕事では、自分は技術文書や提案書の記述は行うが、そのような文書はロジカルに要点を簡潔にまとめることに終始するし、伝えたい相手がバイネームで決まっている。もっといえばテーマ的に、不特定多数へは公開不可能な内容がほとんどである。

このような人生の経過の中で、文章の垂れ流しをおこなう生産活動を不特定多数へ公開することへの欲求が、うずうずと10年来蓄積され、そろそろ、何かまとまった文章を書き、公開することへのリハビリをしたいと思った。 

 

以上のような理由により、ブログを記し始めるに至った。しばらくは試行錯誤を繰り返すだろうが、それを楽しみにしている自分がいる。とはいえ、あまり「読まれること」は意識せず、できるだけ自分のペースで、好きなときに好きな内容の記事を更新していきたい。